「マナカマナ」というインドカレーのお店がある。
通りを歩いていると、インド人(らしき人物)が会釈をしながらチラシを配っている。足早に通り過ぎるが、ふと見ると、ビルの1階に「マナカマナ」がある。
まず看板が目に入るのだ。
私はまず「マナカナ」と頭で読み、それから、あっ「マナカマナ」だ、と修正する。
店の前を通り過ぎるたびに、そのようなことが頭の中で起こる。
それで、「マナカナ」のマナとカナなら、どちらと結婚しようか、と一人かんがえる。
遺伝子はどちらも同じである。
私はマナ(あるいはカナ)と結婚する。
私たちの結婚生活には、ごく平凡な危機があり幸せがある。二十年、三十年、四十年と一緒にいるだろう。
そしてついに私が死ぬ時がくる。
私は病院の真っ白なベッドに寝ている。もう起き上がる力もない。老いているし、もうそろそろ死ぬのだから。
傍らにはマナ(あるいはカナ)がいる。
彼女も年老いたが、それはそのまま時間の経過が美しさというような老い方である。
彼女は本を読んでいるか、毛糸で何かを編んでいる。
たぶん、それは、ほのぼのとした午後である。
私はふと、
「マナ(あるいはカナ)」
と呼ぶ。
彼女は手をとめて、立ち上がり、私の顔を覗き込む。そして、
「わたしはカナ(あるいはマナ)ですよ」
という。
私は一瞬、何のことかわからないが、彼女はもう一度くりかえす。
「わたしはカナ(あるいはマナ)ですよ」
「・・・いつから?」
「う、ふ、ふ、ふ。・・・それは秘密です」
私は羞恥と幸福がいりまじった感情を目にあらわし、と同時に驚愕のうちに事切れる。


というわけで「マナカマナ」へは一度も行ったことがない。

10 Responses to “結末”

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